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柚子小町 「私ね、相模君は私が好きなんじゃないかと思ってたんだよ。図々しいことに。」 行きつけの居酒屋で、近頃お気に入りの、一応焼酎ってことになっている柚子のリキュールを傾けながら、姫は言った。 カクテルでもないのに、それはアルコール特有の喉にかーっと来る感じが無くて、全然飲みやすい。ほんのりと柚子の香りがして、透明で、とろりと甘くて。からん。姫がグラスに口を付けると、アルコールの前に、大きく作られた氷がつかえた。 「だって優しいし、二人で会いたいね、なんて言うしさ。」目の端が、少し赤くなってた。飲みやすくてもそれなりに度数はあるのに、水みたいに煽るから。 たん!カウンターに置いたグラスが、思いの外大きく、乾いた音を立てた。「…馬鹿みたい。」 そう言った横顔は、普段より涙の膜が厚くて。多分お酒は強い方だし、あんまり顔に出ないから判りにくいけれど、飲みたい夜なんだなと思った。「でも姫は、好きな人がいたんじゃなかったっけ?」ふと疑問に思って、私は聞いた。 「いるよ。」座り始めた目は、こちらを見ないで。「馬鹿みたいだよね。」拗ねたように、虚ろに呟いた。柚子小町。お代わりを尋ねてきたお店の人に、メニューも見ずに答える。 「今でも、似たような背格好を見掛けると、振り向いてしまうんだよ。人が沢山いると、探してしまう。いる筈も無いのに。いたって、どうしようもないのに。習慣みたいになっちゃってて。」空のグラスに、口を付けた。寄り掛かるみたいに。 「わからないよ。私はまだ、あの人が好きなのかな?どうしたって一緒にいられないと思っているのに、まだあの人が好きなのかな?それなら私は、相模君は好きじゃないってことになるのかな?」冷えていく指先とは裏腹に、火照った頬に指の背を当てた。「じゃあどうして、気がつくと目が合うの?」眉間が、もどかしく寄ってた。からから。空のグラスには、もう氷しか入っていない。 お待たせしました、柚子小町です。カウンター越しに、店のお兄さんがグラスを手渡した。透明で水みたいだけど、心なしかきらきらして見える。お酒だって、知っているからだろうか?ふわんと、柚子の香り。「姫は、じゃあ、相模君が好きかもしれないって思うの?」私は、自分の分のお酒を啜りながら尋ねた。こくりと、隣でひとつ頭が下がる。 「皆と歩いているとき、隣にいるのが私じゃないと、嫌なの。友達の話をするとき、一番に出てきて。どうしようもなく寂しいとき、この人ならって、思う。」ひとくち、グラスの中身を口に含む。「でも利用してるだけかもしれない。きっと、あの人みたいに必死には、なれない。 ねぇ、私は、ずるいのかな?こんなんじゃ、好きっていっちゃいけないのかな?じゃあ、そこにいてくれないことに、いらついてる私は、何なんかな?」相模君が私を好きなんじゃないかと思ったのは、思い上がりなのかな? 頭を抱えて。沢山の何故を、姫は並べた。この子の中にあるグラスは、きっともう、今にも溢れてしまいそうで。 「しょうがない。」抱えた頭を、ぽふぽふと私は撫でた。だって人はずるいものだし、好きなんて、わからないものだし。「しょうがない、しょうがない。」ぽふぽふ。 「そうだよね!」突然、姫はがばりと顔を上げた。「相模君がいけないんだよ、気を持たせるようなことするから。いつまでも、そんなことばっかり、するから。」考え過ぎて開き直ったように、姫はまくし立てた。そうだよ、相模が悪い。こくこくと、何かを置き去りにするみたいに、透明の液体を口にする。 柚子小町。ふわんと柚子の香りがして。甘くて飲みやすいけれど、決して弱くない。お兄さんが、私にもお代わりを尋ねた。 |