雪起こし




 雷が鳴って、雨は雪に変った。昨夜僕は、布団の中でそれを聞いた。

「へぐじっっ!!」
「だから、しばらく引きこもってろって言っただろ?治りがけの風邪を舐めるなよ?」
 いい加減寝込むのにも飽き、見送りと称してのこのこと外へ出てきた僕に、親友は呆れ顔で言った。
「ここまで来たら、後は治るだけだって。
 それにうちのプリンタ、インクが切れてるんだよ。」
「生協行けば?」
「置いてなかった。
 やっぱ、適当に安いの買ったからなあ。」
 昨夜遅くに降り出した雪は、今年初めて、積もりそうな感じだった。大きめの牡丹雪が、遠慮も何も無く、あとからあとから降りてくる。昨日までは、雨だったんだよな。白い息を眺めながら、ぼんやりと思った。
「今回は、悪かったな。」
 折角遊びに来たのに、僕が風邪を引いていて、思い切り看病させてしまって。
「まぁ、寒いからねぇ。風邪ぐらい引くっしょ。
 その代わり俺が倒れたら、お前パシリに来てくれる?」
 遊べずじまいで残念そうな様子も無く、へらへらと彼は言う。
「暇だったらな。」
「はは。嘘うそ。どうせ看病してもらうなら、可愛い女の子が良いもんね。」
 これだ。この軽口は、気を使っているのか本気なのか。僕は肩をすくめた。
 電車遅いなぁ。彼は、ホームに身を乗り出して向こうを覗き込んだ。
「冬場なんて、そんなもんだよ。」
 事実、冬の在来線では、時刻表が無効化することも珍しくない。今このホームにいる人たちも、たまに時計を気にしながら、そういう季節が来たことを、徐々に諦めつつあるのだろう。雪が降るというのは、そういうことだ。
 なおも線路を眺め続ける彼から顔をそらし、僕は何となく、ホームの窓から外を見た。雪が降っていた。
「あ…」
 階段の下。見覚えのある人影を見つけた気がして、つい目を凝らす。
(髪、切ったんだっけ。)
 よく見ると、それはやっぱり、一年半くらい前に知り合った女の子だった。僕が半年以上も、目をそらし続けている人だった。
 胸の奥で、何かが疼いた。
 久しぶりに見かけた彼女は、僕の知らない服を着ていた。僕の知っている彼女は穿きそうもない、青いスカート。
 彼女の側にいるのは、僕の知らない人たちだった。そこで彼女は、僕の知らない顔で笑っていた。楽しそうに。
 何だか少し、納得のいかない気分だった。

「お、来た来た。」
 親友の声に顔を向けると、確かに、雪の合間を縫って、向こうの方に電車の明かりが見えた所だった。僕は窓の外から視線をはがし、彼と一緒に線路の奥を見た。

 しゅぅーっっ。
 電車が停まる。

「じゃ、俺行くわ。」
「うん」
「またな」
 そう言って彼は、乗り込む人波に紛れた。

 ぷしゅーっっ。がたん。

 ドアが閉まり、大儀そうに、電車は動き出す。寒い中酷使するんじゃないよ。まるで、そう言っているかのように。

 電車が目の前を過ぎると、僕は再び階段の下に目をやった。案の定、さっき見た人影はもう、見当たらなかった。
「…電器屋寄って帰るか」
 白い息に載せてつぶやいた独り言は、確かに、まだ少し鼻声だったみたいだ。
 階段を下りながら、少し遠くの外を見ている自分に気が付いた。無意識に僕は、何かを探していた。頬の辺りが熱くて、また熱が出てきたのかもしれなかった。
 はーっ。
 ポケットに手を入れたまま、空に向かって息を吐いた。さっき感じた理不尽な思いも、吐き出してしまいたかった。
 ため息は空中で、小さな雲になった。

 僕の知らない顔で、笑う彼女。好きだと言った言葉に、見てみぬふりをした、僕。
 体が重くて、うっかり外出してしまったことを、ちょっと後悔した。
 久しぶりに見た君が、こんなに懐かしく見えたなんて、どうして僕に言えるだろう?


 雪はどんどん降り続いて、僕は少し、頭が痛くなった。



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