今日は曇りのち、星が降るでしょう。









stardust





その街は、きらきらしていた。

居住する人びとの家の屋根に、明かりを灯した店のショウウィンドウに、石畳の道端に、この間降った星のきらきらが染み込んで。


彼は人形だった。

全部作られることの無かった、白い人形。手足から延びた半端な繰り糸をいつも引きずっていた。

その繰り糸の伸びた手で、箱に入って置き去られたアタシを抱き上げた。
繰り糸から、星の雫がぽたりぽたりと滴ってきらきらした。
温かみとか柔らかさの無い木造の腕だったけれど。目を細めた、それを笑顔と呼ぶのだと知っていたから、アタシは何か温かい気持ちになって、みゃあと鳴いた。
彼はもっと目を細くして、腕の中アタシを引き寄せた。背中に作りつけられたふわふわの白い羽が見えて、思わずじゃれついた。

「     」


きらり。星が降りだす。


彼が、何と言ったかは知らない。
ただ行き場の無かったアタシは、寄せられるまま彼の肩に頭を預けて。そして同じ家に帰った。ふやけた段ボールは置き去られ、暖炉のある其処がアタシの家になった。

ひなたと、少し涙の匂いのする、街外れのその家。

彼はアタシに、古いふかふかの毛布をくれた。
お皿に、いっぱいのミルクをくれた。
お腹を空かせて鳴くと、ご飯が出てきた。
寝そべって頬杖をついて、ときおりアタシの背中を撫ぜて、隣にいた。


壁には、黒いコートが掛かっていた。

毛布同様古い感じはしたけれど、アタシの毛色みたいな、斑も無いただの黒いコート。
彼が着るには如何しても不似合いに見えるそれは、けれどその家の中では彼よりも主然として其処に掛かっていた。
殆どそれに目をやることは無かったけれど、ふと目に留まったとき、彼は少し寂しそうな顔をした。

コートの持ち主を、アタシは知らない。その家に彼以外の誰かが居ることは無かったし、誰かが訪ねて来ることも無かった。


からから。

アタシが傍に住むようになってからしばらく、彼が動作するのに木造の部位が音を立てるようになった。別に耳障りとか、そうゆうのでは、なかったけれど。

瞼が口元が頬が、自然な笑顔を形作らなくなった。
同じように目を細めアタシの背中を撫ぜるけれど、微笑むごとに失敗したように見えるその笑顔が、ふとした瞬間 目に留まる度、彼は少し不本意な哀しげな表情を横切らせた。


予感、だったのかもしれない。

「今日の天気は曇りのち、ときどき星が降るでしょう。」
ノイズの混じるラジオから、キャスターが告げた。


「星が降る夜に誰かが昇って逝くと言ったのは、誰だっただろうね」
規則的にアタシの背を撫ぜながら、呟いた。
窓の外は久しく青い空を見ておらず、昼夜の境界は曖昧で。星が降るのは、もうすぐだろうか。

固い微笑みが窓に映るとき、彼は相変わらず残念そうな顔をしたけれど、壁に掛けられた黒いコートを見るとき、いまは心なしか嬉しそうな顔をした。


やさしく、わらう。


窓の外は暗くなり、星がきらきらと降り始めた。おき火の暖炉が赤く、外はぼんやりと光りだす。

きらきら、きらきらと星が。

背を撫ぜる手はぎこちなく、大儀そうに持ち上がる度、からんからんと木の触れる音がした。
目を細めた面は、もう微かにしか表情を作ることをせずに。


知っていた。彼が何を待っているのか。
もうすぐ そのときが来ることも。

「みゃあ」
ひと声鳴いた。ねぇ、アタシを置いてくの?

彼はただ、アタシの背を撫で続けていた。窓の外では、星が。
静かな夜だった。いつも通りの、何一つ変わりないただ平穏な夜だった。



からん。

不意に、乾いた木の当たる音がした。彼が顔を上げたのだ。
目を細めていた。それは優しい笑顔だった。
「そのとき」が来たことを、アタシは知った。視線の先に、アタシの知らない黒い影。
嬉しそうに、彼は目を細めた。アタシの知ってるいつも少し哀しそうな彼と違う、ちっちゃな子供みたいに見えた。黒い影は手を伸ばして彼の頭を撫でた。

「待っていた」

彼は言って、黒い影に手を差し伸べ首筋に絡ませた。甘えるように頭をすり寄せて。
膝の上のアタシは、ただ見上げていた。
ねぇ、置いてくの?

星屑、きらきら。

あの湿気た段ボールから見上げた星が、哀しかったとは云わないけれど。
背に置かれた手のひらから、少しずつ意思が抜けていく気がした。それは少し哀しかった。

ずれて軋み始めた身体を捨てて、アタシを抱き上げた腕を捨てて、慈しんで細めた目を捨てて、彼は待ち続けたそのひとと行ってしまう。

きらきら。
星はいつの間にか、室内にまで入り込んで降り続けていた。

きらきら、きらきら。
きらきらきらきらきらきら

仮初めなのは知っていた。でも嘘だったとは思いたくなかった。


きらきら、きらきらきらきら。

星が降り続けていた。埋め尽くすように降り続けていた。
彼岸との境界が曖昧になり、疎通の切れた身体から抜け出した二重写しの彼は やがて黒い影と消えた。



きらきら。

余韻を残して、星も消える。




からん。


再び、木の当たる音がした。

上向いていた彼の頭部が、支えを失って落ちた。がくりと、その重みに従順に。未だ膝の上のアタシに被さる。
あぁ、もう彼は此処には居ない。行ってしまった。お別れのひとつも言わないまま。
もう意思を宿さない窪みの目が哀しくて、アタシは少し鳴いた。

代用だったのだろうか。
ただ隙間を埋める為の、慰みだったのだろうか。
アタシでなくても、よかったのだろう。そこまで自惚れたりしない。

けれども。

隣に居て彼が撫でてくれた背が、確かにアタシのものであればよかった。




からん。

も一度、力の抜けた体が重力に従って体制を崩していく。
温かい夢の、その亡骸。

しかしそれは最後に、重力の悪戯と言うにはあまりに優しく額に口づけた。


「 ご め ん ね 」



力無く垂れた両腕と 被さる上半身の檻の中で、一瞬、彼の目がアタシを映した気がした。
きらきら、きらきらと、窓の外では星が降る。


(しあわせ、だったのかも知れない)

木像工芸品となった彼の目が、またアタシを映すことはもう無くて。
それでも、お別れとほんの少し後悔を残してくれたことを、行ってしまった彼に信じてみることにした。

温かい、暖炉の傍で過した思い出のように。
きらきらと、星は降り続ける。






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