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未来に程近い交差点 うちの前の十字路には、不可思議な標識がある。曰く、 「未来・すぐそこ」 電柱に括り付けられた、安っぽいベニヤ板の、何の変哲も無い黒ペンキで手書きされた、矢印型の看板である。しかも、矢印はてんで明後日の方角を向いていて、そこには道なんか無い。 しかし、そんなことより。何が不可思議であると言って、そのおんぼろの標識は、私が大学に入学して此処に越して来てからこっち、都合三年間。誰に取り外されることも無く、変わらずそこにあることだ。 踏切を臨むその十字路は、地味に人通りが多い。けれど、たちの悪い酔っ払いも、性根の曲がった学生も、電柱の所有権を主張する電力会社も。誰も、この馬鹿馬鹿しい看板を害そうとはしなかった。それはいつでも、落書きひとつされずにそこにあった。 「だってほら、何か不気味じゃない?祟られそうっていうか。気味が悪いよ。」 そう、私の友人は言う。けれども、それならば尚更のこと。何処かの強がりが、ちょっかいを出しても良さそうなものではないか? 「まあ、ねぇ。たかちゃんも、もうじき分かるんじゃない?」 この春卒業する先輩は、そう言った。「先輩は、知ってるんですか?」 あの看板の、建てられた理由を。 「知ってる訳じゃないけど…分かる気はする。」 年齢にしたら、一年しか違わない。でもその横顔には、一生追いつけない気がした。 「未来とか、要るんだよ。きっと。」先輩は、言った。 この人でも、思うのか。そういうことを。私は、少なからず驚いた。先輩にも、あの標識が必要だってことですか?聞いてみたけれど、返って来たのは、微妙な笑顔だった。未来。 見えたり、しないんだろうか。大人になったら。就職したら。恋人が出来たら。 なかなか、難しいと思うよ。先輩は言った。大人なんて、何も別の生き物な訳じゃない。 「じゃあ皆、あの標識が必要だってことですか?あれを建てた人だけじゃなくて、その辺の酔っ払いも、学生も、電力会社の人も、皆?」 「さぁねぇ…それは、人それぞれだから。」 先輩の言ったことは、尤もだった。本当の所なんて、ひとりひとり聞いてみないと分からない。 確かなのは今日も、標識がそこに建っていた。 |