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花嵐 別に何を買いに行ったわけではなくて、ただなんとなくスーパーへ買い物に行っただけだった。つい先日咲き始めたと思っていた桜の花が、今日はもう盛りと咲いて、あんまり綺麗だったから。 そうしたら、思いもよらない人を見つけた。 「久しぶり!」 私が先に気付いてそう言うと、君はずいぶん驚いたようだった。 「どうしたの?」 「ちょっと買い物。もう済んだんだけど。君は?」 「俺も。帰るところ。」 私と君の家は近い。 私は、実のところずっとこの時を待っていた。その瞬間を、何度と無く想像していたんだ。ねえ、君に話したいことがあるんだよ。 そんなに重くない買い物袋を提げて、私達は肩を並べて歩き出した。 ねえ、会ったばかりの頃にも、こんなふうに偶然出会ったことがあったよね。あの時もこんなふうに、肩を並べて歩いたよね。私は有頂天になって、ずっと、一人で喋っていた。後から考えてみると、暑い日だと思っていたのは陽気のせいだけじゃなかったのかもしれない。 君の隣にいるというだけで良かった。その溢れるような幸福感をつなぎとめようと、必死で話したけれど。本当は、そんなものは邪魔だと思うほどに。 あの時からそれほど時間は経っていないのに。何故今、こんなに不安で仕方ないのかな? どうして私だけ、こんなに君が好きなんだろう。 おかしい。全然何とも思っていなかったのに、顔を見た瞬間、苦しくて仕方がなかった。嬉しくて、泣きたいくらい。理由なんて無いと思った。私はこの人が好きだ。私はとてもとても、この人が好きだ。 ねえ、私がこんなに君を好きで苦しいことを、君は知っている?私が君を好きだといったら、君は何と言うのだろう? 答えはなんとなく分かっている。君にはもっと、一等大切な人がいることを知っている。だから、私が煩わしいのでしょう? そんな君が言う言葉は、私にとってとてもとても残酷なものに他ならないね。果たしてその言葉に、私は耐えられるのかしら? でも。君は優しいから。傷つきやすくて、なかなか人をそばに置こうとしないくらい。だからきっと、私に向ける言葉は、君にとっても十分に残酷なものでありえることでしょう。ごめんね? 本当は君に、そんな言葉を言わせたいわけじゃない。私だって、そんな言葉を聞きたいわけじゃない。ねえ、だから私は、そんな二人にぴったりな方法を考えたんだ。そう。私は、逃げてしまいましょう。君が何かを言う前に。 十字路がやってきた。君と私を分かつ道。 「じゃあ。」 そう言って君は、別れて行こうとする。 「ちょっと待って」 言いたい言葉があるの。どうしても言いたい言葉があるの。言わなければもう、苦しくて仕方が無いんだ。 「あのね」 ああ、駄目だ。 この言葉を言ってしまったら、私はきっと、逃げていくことなんてできやしない。一縷の希望にすがらないでいることなんて、できるわけ無い。だって、あの溢れるような幸福感が幻だったなんて思えないから。 辻の向こうから、風が吹いた。 垣根の上から生えた桜の大木が、大きく騒いだ。 盛りと咲いた花びらは、示し合わせたように舞い上がった。 もっと、もっと。舞い上がれ、花びら。騒げ、木々の梢よ。私の言葉をかき消しておくれ。 君に、届かないように。 |