「外に出たいと思ったことは無いの?」
猫は訊いた。
黒猫と金糸雀
判らない。
だって、覚えている限り
足下は其処で終わっていたし
羽根を広げるのに支障は無かった。
見上げれば、梁。
「僕は見ているよ」
「君のような姿の生きものは皆、『空』を飛ぶんだ」
「羽根を広げて」
「広い『空』を」
猫の言葉は、判らない。
「『空』?」
「そう、ほら あの窓の向こうに見えるだろう?」
「青くて、きらきらして」
「雨が降るんだ。」
「雪は寒くて嫌いだけど、暖かい部屋から見ると綺麗」
『空』。
水が、落ちてくるらしい。
細い糸のように。
玉になって。
ぱたぱたと。ざぁざぁと。
雪は、綺麗だという。
白く、ふわりふわりと落ちてくるらしい。
冷たくて、手を伸ばしても 掴むことは出来ず。
けれど何より
青くて
広くて
きらきら、きらきら
光る太陽
澄んで高い。
触れることは叶わない。
何処まで高いのかなんて、誰にも見えない。
けれど其処には
『自由』があるという。
『空』
「ねぇ、この籠を出て 外へ行こう?」
「綺麗な花が咲いているの」
「君の其の羽根に似た、綺麗な色の花」
「外は綺麗だよ、わくわくするものが沢山あるよ。」
請うように、猫が誘う。
判らない。
此の場所にいたら、私は安全なんだ。
此処で蹲っていたら、私は安全なんだ。
保障される 快適なエアーコンディション。
飢えることを知らない 満足な水と食べ物。
(まぁ、たまに忘れられることもあるけどさ!)
危険の及ばない場所。
私は、窓の外に止まる自分と同じ構造の身体を持つ生きものの
其の羽根が疲れているのを、幾度も見た。
がちゃ、がちゃ
---がたん!!!
ぎぃ
目の前に、扉が開く。
如何やら猫が開けたらしい。
ずっと世界を等間隔に区切っていた縦の線が、切り取られたように。
「にゃぁ」
『月』と、云ったかしら。
規則的に訪れる、黒くなった窓の外に浮かぶ光。
黒猫の細めた目は、其れによく似ていた。
がちゃり。
「!!!」
また、扉が開く音がして 今度はひとの悲鳴が聞こえた。
いつも籠の掃除や餌を補充してくれる女の子だ。
「この猫!何処から入ったの!!」
「出てお行き!!」
「許さないから!!!」
猫が身構える。
彼女は恐い顔をして、叩き付けんばかりに猫を追い払った。
一目散に、猫は駆けて行く。
女の子は、守衛のように鳥かごの前に立ちはだかって。
部屋の扉まで辿り付いて、出て行く寸前
猫は寂しそうに こちらを振り返った。
僕はただ、高い空で
いっぱいに羽根を広げて笑う君が見たかっただけ。
「全く、何処の戸が開いていたのかしら」
「あんな猫が入ってくるだなんて」
「危ないところだったわねぇ?」
ぶつぶつと、話しかけるように独り言を溢しながら
女の子は いつものように籠の中を整えていく。
此処に居れば、私は安全なんだ。
去り際に振り返った、猫の哀しそうな目。
(そんな顔をしないで)
(所詮私は、空なんて飛べやしなかった)
(あの疲れた羽根のような、辛いことは厭なの)
雨が降るという。
籠の中を整え終えて、女の子は部屋を出て行った。
今日は雨が降るから、寒くなるという。
ぱた、ぱた
ぱたぱたぱた
ざぁぁぁぁぁ
硝子の壁に、水が伝い始めた。
寒いのか 向こうは。
ざぁざぁ、ぱたぱた
再び閉鎖した安全な世界で『外』を思い
矢張り判らないと、小さく首を振った。
back?