10月20日




 ぽつり。
 雨だろうか。さっき雲間から、星が出ているのを確認したばかりだというのに。
 私は、半歩先を行く君の背中に目をやった。今日は少し歩くのが早くて、ついて行くのが大変だ。久しぶりに会ったというのに。
 そんなこと、君は全く意識してはいないんだろうなぁ。「行く」のと「歩く」のの、歩幅の違いなんて。
 落ちてくる水が少しずつ頻度を上げて、君も何か気付いたみたいに空を見上げた。
「雨?」少し驚いたみたいに、君は言う。
「明日、雨降らないと良いねぇ」私も、言う。明日は、買い物に行くと君は言っていたから。
 言いながら、私は必死に君の後を行く。「いや、でも天気予報、明日は晴れだって言ってたよ。」「ふうん」
 そんなに早く歩かないで。あっという間に、別れてしまうから。


 君に会うのは、半年ぶりくらいだ。同じ大学に通っていても、学部が違うせいか全然見かけることも無いし。予定も合わなくて。
 やっと口実を見つけて、一緒にご飯を食べに行った。それが、今日のハナシ。
「お好み焼きって、美味しいものなんだね」
「うん、まあね。」
「私、前に一度だけお好み焼き屋さんに行ったことがあってさ。そこがあんまり美味しいと思わなかったのね?
そしたら、皆が「あそこはあんまりねぇ…」って言ってたの。お陰で今まで、お好み焼きとはあんまり縁が無かった訳よ」
 君が、笑う。
 君といると、私が話してばかりだ。気が付くと君のことを何も知らなくて。これじゃあいけない、いろいろと知りたいことがあるのに、聞きたいことがあるのにと思いながらも、私のことばかり話してしまう。
 一緒にいる時間の不安を、埋めるように。

 そんなに早く歩かないで。
 雨も激しく降らないで。
 もうすぐそこに、私のアパートが見えてしまうから。今日は言わなくちゃ。今日こそは言わなくちゃ。そう決めてきたんだから。
「じゃあ」
「待って。」
 躊躇い無く別れていこうとする君を、呼び止めた。「あのね、私、今日は話があるの。」
 でも、参ったな。こんなに唐突に話すことになるなんて、思っても見なかった。
「ちょっと、ちょっと待ってくれる?」
 心の準備も何も、あったもんじゃない。
「長い話?」
 水はどんどん落ちる頻度を増して、もはや雨と言って差し支えなかった。
「ううん。短い。短いよ。」たったひとこと。行かないで。すぐに言ってしまうから。
「あのね、私は君のことが好きだったの。」

 ぼたぼた、ばらばら。
 街灯が半端に明るく照らす風景。そして、大粒の雨。

 君はきょとんとしていた。
 私は、笑い出したかった。
「え、だって、え…?」
 しどろもどろになる君が、おかしくて。
 結末は知っているの。そんなに混乱しなくても良いのに。そんなに、困らなくて良いのに。
「でも…実は俺も、好きな子がいて…」
「うん。知ってる。」
 答える私は、満面の笑みを浮かべていた。君は、ますますきょとんとしていた。無神経な私だって、その程度には君の事を見ていたんだ。
 顔が熱かった。私は、赤い顔をしていたのだろうか。街灯が、中途半端で良かった。赤い顔なんかしていたら、無理してるみたいに見えたかもしれないから。

「とりあえず、風邪引いちゃう前に帰ろっか」
 何か、決定的なことを伝え忘れているような気がしたけれど。あんまり雨粒が大きかったから、私は焦ってそう言った。
「またね」
 笑顔で君に手を振った。
 私は、笑い出したかった。「またね」なんて、やって来るのだろうか?

 言葉は見つけられなかった。でも君が好き。きっとそれはもう、恋ではなくて。


 願わくば明日が、君にとって楽しい日であれば良いと思った。



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